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英霊の遺書 (3),(4),および、硫黄島よりの最後の電報

硫黄島より大本営宛 最後の電報

硫黄島栗林師団長より 大本営宛 最後の電報



陸運大将 栗林忠道命

 昭和二十年三月十七日

 硫黄島にて玉砕

 長野県埴科郡西条村出身





戦局遂に最後の関頭に直面せり、十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち

皇国の必勝と安泰を祈念しつつ、全員壮烈なる総攻撃を敢行す、敵来攻以

来想像にあまる物量的優勢を以て空海陸よりする敵の攻撃に対し克く健闘

を続けたるは小職の卿か自ら悦びとする所にして部下将兵は真に鬼神をも

哭かしむるものあり、然れども執拗なる敵の猛攻に将兵相次いで斃れ、為

に御期待に反しこの要地を敵手に委ぬるの巳むなきに至れるは誠に恐懼に

耐えず幾重にもおわび申し上ぐ、特に本島を奪還せざるかぎり皇土永遠に

安らかざるを思ひ、たとへ魂魄となるも誓つて皇軍の捲土重来の魁たらん

ことを期す

 今や弾丸尽き、水涸れ、戦ひ残れる者全員愈々最後の敢闘を行わんとす

るに方り、熟々皇恩の忝さを思ひ粉骨砕身亦悔ゆる所あらず

 茲に永へにお別れ申し上ぐ

 

   国のため重きつとめを果たし得で矢弾つきはて散るぞ悲しき

 

 

 

英霊の遺書 4 海軍少佐 吉川正崇命

死の覚悟



   海軍少佐 古川正崇 命

   神風特別攻撃隊振展隊

   昭和二十年五月二十九日



 人間の迷ひは実に沢山ありますが、死に対する程、それが深刻で悟り切

れないものはないと思ひます。これだけはいくら他人の話を聞いても、本

を読んでも結局自分一人の胸に起る感情だからです。私も軍隊に入る時は、

それは決死の覚悟で航空隊を志願したのですが、日と共にその緋想な謂わ

ば自分で自分の興奮に溺れてゐるやうな、そんな感情がなくなつて来てや

はり生きてゐるのは何にも増して換え難いものと思ふやうになつて来たの

です。その反面、死ぬ時がきたなら、それや誰だつて死ねるさ、と云ふ気

持を心の奥に常に持つやうになります。燃し本当に死ねると云つてゐても、

いざそれに直面すると心の動揺はどうしてもまぬがれる事は出来ません。

私の今の立場を偽りなく申せば、此の事なのです。私達は台湾進出の命を

受けてジャカルタを出ました。いよいよ死なねばならぬ、さう思ふと戦に

のぞむ湧き上る心より、何か、死に度くない気持の方が強かつたりするの

です。わざわざジャワから沖縄まで死ぬ為の旅を続けねばならぬ、その事

が苦痛にも思へるのです。

  求道

 戦死する日も迫つて、私の短い半生を振り返ると、やはり何か寂しさを

禁じ得ない。死と云ふ事は日本人にとつてはさう大した問題ではない。そ

の場に直面すると誰もがそこには不平もなしに飛び込んでゆけるものだ。

燃し私は、私の生の短かさをやはり寂しむ。生きると云ふ事は、何の気な

しに生きてゐる事が多いが、やはり尊い。何時かは死ぬに決まつてゐる人

間が、常に生に執着を持つと云ふ事は所謂自然の妙理である。神の大きい

御恵みが其処にあらわされてゐる。子供の無邪気さ、それは知らない無邪

気さである。哲人の無邪気さ、それは悟り切った無邪気さである。そして

道を求める者は悩んでゐる。死ぬ為に指揮所から出ていく搭乗員、それは

実際神の無邪気さである。

  和歌

雲湧きて流るゝはてのあおぞらのその青の上わが死に場所

下着よりすべて換ゆれば新しき我が命も生れ出づるか

あと三時間わが命なり只一人歌を作りて心を静む

ふるさとの母の便りに強き事云ひてはをれど老いし母はも


英霊の遺書 3 陸軍大尉 棚橋順一命

戦場より愛児への手紙

 一子基に与ふ



陸軍大尉 棚橋順一命

  昭和十四年五月七日

  中支にて戦死

  東京都出身 一橋商大卒



今は昭和十二年十月十七日午後六時半です。僕の乗つてゐる運送船は

支那海を上海に向けて走つてゐるところです。台風の余波で船がゆれて苦

しいけれども今書いて置かないと明日は上陸準備で忙しいので揺れる机の

上で書いてゐます。十九日の朝上海に上陸して、すぐ戦線にゆく筈です。

そこは生死の境であつて基の成長を見届けることが出来ないかも知れない。

そこで基が大きくなつたら、父は基に何を期待してゐたかを知つて貰ひた

いと思ふのです。基は将来は自分の適した方面に進んで呉れればよいです

が、決して力だけの人になつてはいけません。力だけで人生を送るのは不

幸の因、滅亡の元です。必ず徳といふものを中心として進んで下さい。所

謂えらい人にならなくてもよい。世の中には名も知れぬ人で徳の高い人が

あるものです。人生には荒波があつて築いたものを次から次にくずしてゆ

く、ここに確信の道といふものがなければやつてゆけない。・・・大きくな

つたら宗教的方面の研究修行をするとよいと思ふ。その時必要なのはよい

師匠である。よい指導者である。良い友である。私は世にも珍らしい良師

につくことが出来た。どうぞ基が大きくなつたら、これを心懸けて下さい。

それから僕のために総べてを捧げてくれた基のお母さん、お親父さん、お

祖母さんをどうか大切にして下さい。みんな苦労をした人々だ、僕に代つ

て大切にして下さい。基のことを会社の人々、塾の人々、中学時代の友人

によく頼んで置いたから困つたときは相談にゆくがよろしい。ではこれで

やめます。さやうなら。どうぞすくすくと丈夫に育つて下さい。

 



     和  歌

  家のこと思ふは遂に堪えがたし子のゑすがたも見ざる久しき

  靴はきて吾子はあゆむとふるさとの便りをよめば生きたかりけり